「子ども」と「食」をつなぐ

つながりが創る豊かな子育て
子どもが五感で学ぶ「食育」で「食の大切さ」を伝えたい

特定非営利活動法人北海道食の自給ネットワーク 事務局長 大熊久美子(おおくまくみこ)さん

北海道の農業活性化と食料自給率の向上、地産地消を目指してー。学校給食プロジェクトで浮き彫りになった家庭の「食」の重要性。五感で学ぶ「食育」で、子どもたちに「食の大切さ」を伝えたい。その想いを伺いました。

特定非営利活動法人北海道食の自給ネットワーク
事務局長 大熊久美子(おおくまくみこ)さん

生活クラブ生協の理事在任中、食や地産地消にこだわる団体が集まり開催した「生命(いのち)のまつり」の実行委員長を務めた。活動を通年で行うべく、準備会を経て1999年に北海道食の自給ネットワークを設立し、事務局長に就任、2005年NPO法人化。北海道有機農業協同組合理事、北海道食育コーディネーターとしても活動。

食と農業をつなぎ、北海道農業の活性化と食料自給率の向上を目指して

―北海道食の自給ネットワークを設立したきっかけを教えてください。

 もともと私は生活クラブ生協の理事をしており、1995年に「みんなで食料自給率を上げ、地産地消や食の大切さをアピールするお祭りをやろう」という想いから、生活クラブ生協だけでなく食や地産地消にこだわる他の団体と協力して実行委員会を立ち上げ、「生命のまつり」という年一回のイベントを開催しました。三年続けたところで、それぞれの団体の実行委員からの「年に一度だけでなく、通年で活動しないか」という意見により、一年間の準備期間を設けた後、1999年に北海道食の自給ネットワーク(以下、自給ネット)を設立しました。食料自給率が下がり続けていたため、「北海道農業の活性化」と「食料自給率の向上」の二つをテーマに食や農業にこだわる団体として活動を開始し、約20年になります。当時は食に関する団体はたくさんあったものの、どこも生産者のみや消費者のみで構成される団体ばかりでしたが、自給ネットは設立以来ずっと、生産者や消費者だけでなく、流通や加工業者など食に関わる全ての立場の人たちで構成されていることが特長です。始めは全国的にも他にモデルケースがなかったため手探り状態でしたが、試行錯誤を繰り返しながら一つ一つ活動を広げていきました。

―自給ネットの活動について教えてください。

 主に「食」と「農」をつなぐ活動を行っています。
 一つ目は、生産者と消費者の交流機会の提供があります。消費者が生産現場に赴き、真剣に農作業に取り組み、お昼ご飯には採れた農産物を皆で調理して食べ、お互い対等な立場で本音で語り合うことを目的としています。設立当時は消費者の農業体験や生産者と交流する企画は珍しく、会員だけでなく一般募集もしたところ非常に好評で、以降ずっと続けています。
 二つ目は、2000年から続けている「大豆トラスト」(過去には「小麦トラスト」も)の実施です。農業の活性化と自給率向上のために「毎日食べるもの・自給率が非常に低いもの・北海道が主生産地である農産物」を取り上げ、生産者の畑を消費者が支え、そこで生産された大豆を消費者が分け合って食べることで「作り支え・食べ支え」を目的としています。
 その他、農産物の根本である種を追う「種プロジェクト」や先進国の中で日本はまだ遅れているといわれる、家畜の飼育環境の改善を考える「あにふく~アニマルウェルフェア~」の活動も行っています。
 また、国が食育基本法を制定する前年の2004年から、子どもに食の大切さを伝える「食育」にも力を入れています。さらに、大人には大人の食育が必要と考え、アレルギーやダイエットを切り口とした「おとなの食育トーク」を2016年から行っています。それぞれの活動に興味を持った方がそこを入り口として、さらにさまざまな食の問題に触れるきっかけになればと考えています。

(写真左)大豆トラストでは、生産者と消費者が交流することで相互理解を深め、支え合う。(写真右)大人ならではの悩みを切り口とし、専門家をゲストに迎えて、対談形式で行う「おとなの食育トーク」。 (写真左)大豆トラストでは、生産者と消費者が交流することで相互理解を深め、支え合う。(写真右)大人ならではの悩みを切り口とし、専門家をゲストに迎えて、対談形式で行う「おとなの食育トーク」。

子どもが命と向き合い、五感で学ぶ「食育」の重要性

―「子ども」と「食」をつなぐ活動について教えてください。

 1999年、食料自給率の向上のために「学校給食で地場産の農産物を使ってもらいたい」という想いから、学校給食プロジェクトに取り組みました。しかし、給食現場は既に子どもたちの食に真摯に向き合い、地産地消が進んでいることが分かり、その代わりに違う問題が浮き彫りになりました。外食、調理済みの弁当や総菜などの食品を食べる中食の利用増加により、家庭で身体に良いといわれる和食が全然食べられていないという実態です。
 そこで2004年に学校給食から食育の活動へと切り替え、札幌市内の小学3~6年を対象に、旬の地場産の食材を使った調理実習に加え、生産者や専門家の話を聞いて学ぶという「食育講座」を開始しました。子どもたちの食への理解を深められるよう生産地での現地学習を含めて2017年には全4回(2004年から2016年までは全6回開催)、「食」に関して総合的に学習します。基本のメニューは和食で、お米を研ぎ、昆布と削り節でだしを取るところから始めます。初めて包丁を持つ子もいますが、実習を重ねることで講座が終了する頃には見違えるように成長します。漁師さんが取れたての魚を目の前でさばいて見せ、胃袋に小エビが入っている様子などを観察した後、子どもたちも各自うろこを落とし、一尾を丸ごと調理します。スタッフは指導はするものの、手伝わずに見守り、子どもたちだけで調理するのです。最初は「臭い」「気持ち悪い」と言う子もいますが、今では自宅で魚をさばくお母さんは大変珍しいため、自分で魚をさばいたという経験は子どもの自信につながります。あら汁、煮付け、酢の物、白米など、家庭では子どもが喜んで食べないような地味なメニューでも、どの子もおかわりをする勢いで食べます。自分たちが作ったからということもありますが、その理由は単純に「味がおいしいから」です。講座を通じて味覚が広がること、自分で調理すること、そして頭と舌の両方で理論や味を体験し、五感を使って学ぶことが目的です。
 また、現地学習では必ず農作物の栽培と家畜の飼育を組み合わせている有畜農家に行き、野菜の収穫の他、鶏や豚、牛などの家畜がどのように飼われているかや、卵や子豚の温かみ、におい、その全てを五感で体験します。お昼ご飯はそこで飼われている家畜を使った料理を食べることによって、子どもたちは幼いながらもその子なりの受け止め方で、命の重さや食の大切さを実感するのです。
 その他、今は社会情勢の変化により、お母さんが働いている家庭が増えました。幅広い食の知識や調理技術を実践で学ぶことで、子どもが家庭でご飯を炊いたり、みそ汁を作るなど、食を担う一員となります。外食や中食に頼り過ぎることなく、添加物が少なく家計にも優しい出来たてのご飯をみんなで囲めたら素敵ですよね。調理技術はもちろん、「家族の食事を自分が作る」という使命感は、将来子どもが自立した時に、自分の食生活を自分でコントロールできるようになると考えています。「生活に合わせて、家族みんなで食の質をあげる」ことが団体設立当初からの目標です。

(写真左)野菜の収穫を通じて、生きている命を食べるということを五感で学ぶ現地学習。(写真右)漁師さんから海の環境の話を聞き、実際に自分たちで一尾丸ごと魚をさばく調理実習。 (写真左)野菜の収穫を通じて、生きている命を食べるということを五感で学ぶ現地学習。(写真右)漁師さんから海の環境の話を聞き、実際に自分たちで一尾丸ごと魚をさばく調理実習。

北海道農業を支え、食の安全にこだわり続けたい

―今後の目標や課題は何ですか?

 立ち上げ当初から、ずっと変わらぬテーマとして「北海道農業の活性化」があります。今後、環太平洋パートナーシップ(TPP)やEUとの経済連携協定(EPA)、自由貿易協定(FTA)など社会情勢や農業をとりまく環境の変化によって海外からの農産物がどんどん入れば、北海道農業はますます厳しい状況になり、現在の食料自給率38%がさらに下がることも予想されます。
 グローバル化が進むにつれ、原産地や加工場など、どこで作られた食品なのかをたどることは不可能になり、当然、食の安全の保証は難しくなるでしょう。そうなった時、一番確かなのは地元で作られている農産物です。特に、農業は北海道の基幹産業であり、経済の柱です。
 自給ネットはこれからも食のあり方を考え、食料自給率や地場産の農産物にこだわり続けたいと考えています。食べ物があふれ、豊かな食の時代と言われている現代ですが、子どもたちの食への理解をより深められるように「食育講座」を通して、総合的な学習にも引き続き取り組んでいきます。また、他のさまざまな団体とも連携し、共に食を考える活動を続けていきたいです。例えば、大学と連携して食関係の職や栄養士を目指す学生さんに食育講座のスタッフとして参加して頂くことで、将来社会に出た際にその学生さん自身の実践経験として活かしてもらうことができます。また活動を長く続けていくために、目標や理念と楽しさを両立させ、「しっかりとした理念を持って楽しく活動する」ことを目指しています。

特定非営利活動法人北海道食の自給ネットワーク (団体ページへ)

特定非営利活動法人北海道食の自給ネットワーク
■ 住所 札幌市東区北15条東18丁目2番17号(有)ワードエム内
■ 電話 090-2818-5502/td>
■ FAX 011-789-8890
■ メール info@jikyuu.net
■ ホームページ http://jikyuu.net/

今後の開催予定

札幌市内の小学3~6年を対象に全4回の食育講座や大人を対象とした食育講座の他、大豆トラストなどの食と農業に関する活動、各種学習会やフォーラム、会員交流会を開催。詳細は団体ホームページにて告知。問い合わせはメール、または電話で受け付け。

取材を終えて

親の大半が日々の忙しさに追われ、頭では分かっていながら「食の大切さ」を子どもにきちんと伝えられておらず、食育講座の内容に思わずドキリとするのではないでしょうか。現地学習後の「よーく噛んで食べた。おいしかった。」という子どもの感想には、幼いなりに命の重みを感じたことが強く表れ、胸を突かれる思いでした。「”食べる時はいただきます”と何度伝えようと、一回の現地学習にはかなわない」というのにも納得です。

(取材・文・編集 株式会社Mammy Pro)
※2017年12月15日現在の情報です。